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【春一番と共に】
 先の日曜日。母の月2回の訪問診療にいつもは同席しないが、病状が少し気になり箇条書きにしてプリントしたものを主治医に渡そうと時間に合わせて一時帰宅した。その時、今朝見た時より明らかに母の顔が赤ら顔で浮腫んでいた。以前も顔や足が浮腫んでいたので「具合が少し悪いな。」くらいの印象。主治医にその事も告げようと考えていた。
 待っている間「お前に心配かけるなら入院しようか?」といつもなら絶対に入院しないと頑なに言っていたのに。今回はかなり弱気になっていた。
 主治医が到着し、玄関先で病状を簡単に説明し部屋で母を見るなり「もう自宅では診れないので直ぐに救急車で病院に入院しましょう。」と言う事になった。妻も時間に合わせて実家に来てくれたので、救急車に同乗してもらった。
 
 私は職場に戻り、営業終了まで仕事をし、病院に駆け付けた。母はER室にいた。 母の顔を見て「元気になって早く退院しようね。」と「私はなんでここにいるの?早く家に帰りたい。」その日は帰宅した。翌17日の昼休みに病院に行き、そこで担当医から説明を受けた。「この状態では、退院できたとしても体力面でご自宅に戻る事は難しいですね。」と。話を聞いて1か月くらいの入院で寝たきりと認知症が進むんだろうな。と想像した。
 母は「早く家に帰りたい。」と繰り返していた。仕事が終わり再び病院を訪れた時はもう帰りたいとは言わなくなり、「もう疲れたの。眠いの。」と言っていた。
 翌18日の朝、いつものように職場に着き営業準備をしていた時にスマホの呼び音が鳴った。病院からだった。「点滴を打って一晩様子を見ていましたが、改善が見られず血圧が下がって来ています。今日、明日が山場でしょう。」と。慌てて病院に駆け付けた。「早く元気になってね。それまでまた花の写真を撮って持ってきてやるよ。」と。母は顔をしかめ『お前の写真なんか、興味ない。』と言うように片手でイヤイヤをした。まだ、そんな元気があった。とちょっと安心。
 事前にハイリスクな積極的処置や延命装置をしない事を確認していたので、このまま点滴を続行した。いずれはこの時が来ることは解っていたが、その時は母の死が近づいている事を理解できていなかった。どこかでまた元気になると楽観していた。

 一端、職場に戻りご予約して頂いたお客様にキャンセルの連絡を済ませ、再び病院に戻った。朝より明らかに弱っていた。顔を覗き声を掛けると「疲れたの。眠いの。」と繰り返すばかり。手を握ると「大丈夫。ありがとう。」と言ってくれた。妻と長男が駆けつけてくれた。母は眠ったいたので交代で昼食に出かけた。まずは長男と私が近所のレストランで食事を済ませ、すぐに戻った。長男は次男・長女の連絡係として病室の外に。妻は昼食を取りに病院の外へ。
 母と二人きりになった。緊張のせいか指先が冷たくなったので母の手を離し、眠る母の耳もとで「早く元気になって帰ろうね。」もう反応はなかった。そして、呼吸の間隔が段々大きくなっていた。「まずい。」看護師にすぐに声をかけ状態を見てもらった。「先生を呼んできますね。」私は直ぐに妻に電話。5分くらいで駆けつけてくれた。ほどなく子供たちを揃った。医師が来るまで鼻をすする音だけが耳に届いた。

 医師が到着し瞳孔の反応・呼吸の有無の確認などをし「午後1時38分。死亡を確認しました。」と告げられた。その日は春一番が吹き荒れていた。母の突然の死だった。
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【川崎 濱子 享年86歳】
つづく。。。

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